「パリ協定」で掲げられた2℃目標を達成するためには、温室効果ガスを大幅に減らす必要がある。また、その際に、電気エネルギーに求められる役割について世界ではどのような議論がなされているか。今回は、これまで本連載で述べてきたことを踏まえて、我が国が将来目指すべき電化の方向性を示す。
先週まで4週にわたり、我が国における今後の電化の進展やそれに関する課題について述べてきた。今回は、最終回として、電化と温室効果ガス削減の長期シナリオとの関係について述べる。
環境省の統計によると、我が国の温室効果ガス排出量の86%を、化石燃料を燃やすことにより排出されるエネルギー起源CO2が占めている。このため、温室効果ガスの排出を大幅に削減するためには、化石燃料の燃焼から排出されるCO2を回収しないのであれば、化石燃料の燃焼そのものを減らすしかない。日本政府は、2050年に温室効果ガスを80%削減する目標を掲げており、そのためにはCO2回収が難しい需要端において、化石燃料の消費を大幅に減らす必要があり、電化に期待が寄せられているが、具体的な電化促進策はあまり議論されていない。
一方、国際的な温室効果ガス削減目標として、2015年12月に採択された「パリ協定」がある。そこでは、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」とある。それを受けて、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は2018年10月に「1.5℃特別報告書」を公表した。図は、同報告書での2100年までの様々な長期シナリオから、世界全体の「電力のCO2排出原単位」と「電化率」をプロットしたものである。
この図で重要なポイントは、地球温暖化を抑制するためには、徹底した省エネルギーに加え、電気の低炭素化と電化の促進が必要ということである。このうち、平均気温の上昇を2℃以下にするシナリオの傾向を見ると、今世紀後半に電力のCO2排出原単位をマイナスにすると同時に、電化率を大幅に引き上げなくてはならないとする分析が、世界的には多く示されていることが分かる。電力のCO2排出原単位をマイナスにするというのは、BECCSを導入することを意味する。
IEA(国際エネルギー機関)のWorld Energy Outlook 2019におけるシナリオ分析でも、温暖化対策を強化したシナリオほど電化率が高まる。その中で最も厳しい、2℃目標を達成するための「持続可能な開発シナリオ」では、我が国の電化率は2017年の28.3%が2040年には43.2%となる。IEAの統計によると、先進国で最も電化率が高いのはノルウェーで、2017年で47.5%もある。寒冷な気候のため膨大な暖房用のエネルギー需要があり、それを安価な水力発電の電気で行えるという恵まれた条件もあるが、電気自動車の普及でも世界のトップを走っている。我が国の電化率は、気候が温暖で暖房用の化石燃料需要が少ないため、先進国の中では高めであるが、長期的には50%以上の水準を目指すべきではないだろうか。
これまで本連載でみてきたように、電化は、エネルギー効率の向上や生産性向上などの価値をもたらすと同時に、電源構成の低炭素化と組み合わせることで、温室効果ガスの削減にも大きく貢献する。エネルギーの利用技術は寿命が長く、非電化技術がひとたび導入されると、電化の進展にブレーキがかかってしまう。我が国が本気で温室効果ガスの大幅削減を目指すのであれば、電化促進するための政策を今からとるべきである。
用語解説
BECCS(Bioenergy with Carbon Capture and Storage):回収・貯留(CCS)付きバイオマス発電。CCS(CO2回収・貯留)とバイオマスエネルギーを結び付けた技術を指す造語。バイオマス発電は、燃料が大気中のCO2を固定したものであるため、それを燃焼して排出されるCO2はゼロと扱われる(=カーボンニュートラル)。このバイオマス燃焼時のCO2を回収・貯留すれば、大気中のCO2はマイナスとなる。
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執筆者 永田 豊(ながた ゆたか)
電力中央研究所
エネルギーイノベーション創発センター
研究参事
1987年入所。
エネルギーシステム分析、エネルギー技術評価、温暖化対策とその経済影響などに関する研究に従事。
2019年7月から現職。博士(エネルギー科学)。